女性の持つ能力について”未来を考える(8)“にて、女性の能力と今後の女性優位な社会について書きましたが、今回は改めてその続きです。
(2018/5/13 Kazu)

最近、官僚によるセクハラ問題や大相撲の土俵に女性は上がるな問題などにより、日本における女性地位の低さが海外のニュースになっていました。
残念ながら日本では男女差別だけでなく、働き方などグローバルで見ると社会的に遅れている部分が多いのかもしれません。

この男女の差についてですが、前に書いたことの繰り返しになりますが、確かに歴史的に見て、男性が持っている肉体的能力、論理的思考力という優位性からどうしても男性優位になりがちであったかと。
しかしこれら能力はテクノロジーによって代替可能であるため、価値が下がっていく一方で、女性のアドバンテージである右脳的な能力(感情の共感など)はテクノロジーでは代替しにくいため、将来社会においては女性の方が優位になるのではないかと個人的な仮説を持っています。

ところでこのテーマで再び書こうと思ったのは、つい先日読んだ”ニューエリート“に日本人女性はリーダーシップの能力において世界最強だということが書いてあり、納得感を持ったというがきっかけです。
今回は、(私の勝手な仮説である)将来において女性優位となる社会へどのようにシフトしていくのかを考えてみようと思います。

男性社会においては論理的な説明が求められる。
このブログメンバーである女性が話してくれたのですが、自分が考えた良いアイデアを提案しても論理的な説明が出来ないためなかなか通らない。
あるいはこれは別の友人(女性)から聞いた話ですが、MRをやっていて他の男性MRよりも成績が良かった、
上司になぜ成績が良いんか?なんか怪しいこと(女性であることを武器にした)をしているんじゃないか?といったことを言われたが、当然そのようなことをやっているわけではないが成績が良い理由を言葉での説明することが出来なかったと。

このように今の男性優位の組織では、女性のもっている強みがなかなか見えず、認められない状況があるのだと思います。
とすると、会社における男性優位性の状況から少なくても女性が半数を占めないと同じ女性が認められないということになるように思うのですが、その状況に持っていくためには結局女性の能力が認められないといけないという”鶏とたまご”の関係のような状況になっているのかもしれません。
ただしこれもハードウエアの世界ではそうかもしれませんが、ソフトやサービスといった世界では、リーンスタートと言われるようにとにかく製品・サービスを世の中に出してみて結果で判断するということになれば、論理的な説明が無くてもユーザにとって良いものを作ることで評価されていくことになるでしょう。
DeNA創業者の南場智子さんが、自分たち経営層が新しいサービスの提案を判断していると、NGと判断したサービスが競合から出てきてそれがヒットするようなことがあった、よって自分たちが判断することは辞め、コストが大きくかからないのであればそれを世に出してユーザに判断してもらうようにした、という話を聴いたことがあります。
このような方法を取り、ビジネスの提案を論理的な説明無しに結果で判断されるようになると、女性の提案がもっと通って女性の地位向上に繋がるかもしれません(そんな単純なものでもないでしょうが、一つの案として)。

ところで南場智子さんは、その著書”不格好経営”で、DeNAを創業したときのストーリーを書いていますが、起業する大変さをとてもコミカルに描いていて楽しいストーリーでした。
マッキンゼーというロジカルシンキングの権化のような会社で働いて(その間にハーバードビジネススクールに留学し修了)、実績を残したという意味では左脳的な能力も持ちながら、”不格好経営”を読むと右脳的な能力も高いように感じます。
このような女性がもっと活躍して評価されるようになると、新しい時代へシフトしたと言えるのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください