アーユルヴェーダ”という単語は、特に女子は聞いたことがあるかもしれなません。このサンスクリット語を翻訳すると“生命学(寿命、生気、生命を意味する「アーユス」、学を意味する「ヴェーダ」の複合語)”という意味になります。

Webで検索すると、“あー、あの額に油みたいなものを垂らす感じのものね”という印象を受けます。

もちろん、そういう部分がありますが、深く学ぶと極めて深い叡智が内包されていることが分かってきます。

ヴェーダと聞くと、バラモン教の経典と思われる人も多いですが、個人的には、ヴェーダの知恵は、特定の宗教を越えて極めて深い叡智が包含されていると感じます。

高校の授業では、4つのヴェーダ(リグヴェーダ、サーマヴェーダ、ヤジュルヴェーダ、アダルヴァヴェーダ)として、単語としては習ったことをなんとなく思い出します。“アーユルヴェーダ”はアタルヴァヴェーダからのより医術の部分を後に抽出したもの、という概念です。

人は、“自分の心身が健康であれば嬉しい”と思います。アーユルヴェーダもそういう側面はあるでしょう。しかし、ヴェーダの本質的な部分は、そのような次元の満足感をはるかに超越しており、“この世界(相対界)のなかでの自分を喜ばすことから抜け出して、精神界(絶対界)での幸せをゴールとして今世の宿命を全うしましょう”という感じです。

僕自身も、なんだかよく分からなくなり、ヴェーダの要素の集大成と言われる“バダヴァッッドギーター”とその解説書を買って読みました。膨大な知識が抽象的に内包されているため、詳細は省きますが、僕が最も気付かされたことは、“心も物質世界(相対界)のものである”ということでした。

よく知られている言葉としては、“梵我一如“であり、このことを認識することで少しずつ意味が分かってきます。

これらのことをリーダーシップというフィルターを通じて洞察してみます。ついつい私たちは、自分たちの力でなんとか困難を突破していく、と思いがちですが、全ての偶然・必然と感じることは、実はなんらかの壮大な法則に導かれているのかもしれません。

<読んだ本>

バガヴァッドギーター(上村勝彦 訳 岩波文庫)

バガヴァッドギーターの世界(上村勝彦 訳 ちくま学芸文庫)

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