こんにちは、ばななです。

今回は、小田原への旅です。

そこで、「小田原城」と北条氏に出会いました。

小田原といえば、北条氏。
北条氏は、15世紀末、伊勢宗瑞(後の北条早雲)が小田原に進出し、以後、
5代約100年にわたって関東での勢力を拡大していきました。

関東支配の中心拠点として整備拡張されたのが、小田原城。
三代目氏康の時代には城下町の形態も整えられ、関東における
政治、経済、産業、文化の中心として繁栄しました。
豊臣秀吉の来攻に備え城下の町を囲む総延長9kmに及ぶ総構を構築し、
小田原城の規模は最大に達しました。
難航不落の城と言われた所以です。

しかし、そんな栄華を極めた北条氏も、
1590年、豊臣秀吉の小田原攻めにより滅亡してしまします。

なぜ、秀吉が勝利し、北条氏は滅亡してしまったのか?
色々な意見等、あると思いますが、
ひとつは、リーダーの違いがあったのでしょうね。

天守の高さは海抜約70mと、日本で7番目に高い城だとか。
そんな天守から、四方を見渡すと、小田原の町や相模湾が一望できます。
(気持ちのよい 景色です)

強すぎる城、城下の繁栄を毎日見ていると、外の世界の動き(大局)が
見えにくくなるのでしょうか・・・。

「リーダーの限界が組織の限界」
小田原の町を眼下に見ながら、そんな言葉を思い出しました。

“小田原城” への1件のフィードバック

  1. リーダーの根城ですもんね。
    裁量を振るうことに慢心すると、自分より上を見なくなるのでしょうか。
    天下統一を見ていた秀吉には、小田原(だけ?)で栄えていた北条氏よりも上が見えていた、ということかもしれませんね。

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