アメリカで話題になった映画「Hidden Figures」が日本で上映されています。

邦題が「ドリーム」です。

日本企業での男女差別とは比較にならないくらいひどい差別があたりまえの時代 の企業(NASA)での女性の活躍が、
差別を乗り越え実力で認められていく物語。

そう、50年たってやっとこの映画で注目された女性3人の物語。

いまになってようやくその偉業が称えられている。
だからこそ原題が「Hidden Figures」なのだ。

この映画の鑑賞中も見終わったあとも湧き上がる感情を抑えることができなかった。

なぜこんなにこころが震えるのか。

それをずっと考えていた。

程度は雲泥の差ほど違えども、同じような境遇だったからだ。

自分がうけている差別を自分でも差別とはあまり思っていなかった。

皆が同じように差別されていたから。

だけど、あれ?なぜだ?ということが 何度も起こった。

メアリーがつぶやく「到達(成功)しそうになるとゴールをずらされる」のような感覚。

そして象徴的なやりとりが、白人と非白人のトイレの区分が撤廃されたその女子トイレのなかで行われるのである。

計算者からプログラマとして成功しつつある非白人(黒人)計算グループ長代理のドロシーに対して、
白人計算グループ長の女性が言うのだ

「わたしはあなたたちをこれまでも見下していたわけではない」

それに対し、 ドロシーが感情も込めずにつぶやく

「意識していないことが一番問題だけどね~」(セリフは正確ではないですが、わたしが理解したのは↑こんなやりとり)

そうか、私が感じていた違和感はこれだったのだ。

意識下の意識。

本人たちはそれに気づいていない そこが一番の問題で解決が難しい。

だからこそ「HiddenFigures」だったわけだ。

そして最後に・・ この映画で私が一番「リーダーシップ」を感じたのは、
このドロシーである。

当時計算をしていた黒人女性グループを率いていた(正確には役職なしのリーダ)ドロシーは、
IBMのコンピュータが運び込まれるのをみて、
図書館でフォートランの勉強をし、部下全員にプログラムの教育をしたのだ。

IBMのエンジニアより詳しくなった彼女はついにNASAのコンピュータ室長となり、

部下を全員引き連れて、西の黒人棟から本棟に廊下を練り歩くのだ。

このシーンにしびれた。

彼女こそ、私が目指すリーダーの姿だ。

“女性老リーダの闇 Hidden Figures” への1件のフィードバック

  1. “意識していないことが一番問題”・・・なるほど、確かにそうですね。
    そう考えると、意識せずに他の人に対して不快な思いをさせていることって多々あるのかもしれません。
    自分が与えている他者への影響というのを理解するのは容易ではないと思いますが、まずは無意識の中で他者へ色んな影響を与えている可能性があることを意識する必要があるのだろうと感じました。

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