BBT大学院の教授でもある川上先生の講義の中で武道についての話がありました。
(2018/10/14 Kazu)

武道はフィジカルなトレーニングだけではなく、心の鍛錬もするのはそれが無いと危険だからということです。
つまり、武道に長けた強い人間の心が不安定であると周囲に危険を及ぼしてしまう可能性があるので、そうならないためにも正しい心を育成する必要があると。
柔道など日本の武道では”心技体”という言葉が使われます。
私個人の理解は、技・体だけでは強くはなれない、最終的には心も健全でなければ本当の強さは無いということだと考えていましたが、それだけではなく、上記のような危険があるというのは聞いてなるほどと感じました(私個人の武道に対する知識不足というだけの話ですが)。
その講義の中で、武道は人を傷付けるものではなく人を活かすものであり、ビジネスの世界においても同じというのはまさにそうだと感じました。
昨今”パワハラ”という言葉がよく聞かれるようになりましたが、一昔・二昔前なら当たり前のように行われていた軍隊会的指示命令型のマネジメントというのは、今の時代ではマイナスなことはあっても、あまりプラスに評価されることは無いのだと思います。
特に世の中がどんどん変化している今の時代では、上の言っていること・考えていることが常に正しいとは限らないわけで、場合によっては時代錯誤な認識のもとで行われる指示命令というのは誤っているのかもしれない。
あるいはそもそも指示命令では下の考える力を失ってしまうばかりか、モチベーション低下にしかならいでしょう。
とは言え、残念ながらそのような人はまだ世の中に少なからずいるのだと思います。

この話で思い出すのは、私が少年野球チームのコーチをしていたときのことです。
(コーチと言っても野球経験があるわけではなく、手伝いをしていたという方がふさわしいかもしれませんが)。
この少年野球という世界ではいまだに指示命令型の指導をしているところが少なくありません。
試合などで他のチームを見ていても、残念ながら小さい子供に対して怒鳴って指導するようなチームがありました。
私の息子がたまたま入ったチームでは小学校1、2年生のときの低学年チームでは、指導者が楽しんで伸ばすといったスタンスで、礼儀についてはある程度教えるものの細かいことを指導するというよりは褒めて野球を楽しむことを覚えさせるという感じでしたので良かったと思います。
ところが3年生になって高学年チームに移行(本来は4年生からなのですが、高学年の人数不足により変則的に3年から高学年チームへ)してからは、よくある体育会的指導になってしまいました。
ある意味で野球の基本を教えているということなのかもしれませんが、ボールがここに飛んだらこう動く、走者は走る・止まるの判断をするなど、厳しい口調で指導がされていました。
これでは楽しむというより子供たちも委縮してしまうし、なにより自分で考えるということをしなくなるなと感じていました。
私の息子は野球自体にそれほど興味があったわけではなく、私も野球を続けて欲しいという思いも無かったので、3年生の終わりにはチームを辞めることにしました(息子が続ける意思がないということもあり)。
他のチームも含め私の息子が所属していたチームも、その指導者たちに悪気があるわけではなく、ボランティアで指導をしてくれているわけですが、野球経験者である彼らは自分たちが子供の頃から指導されてきた体育会的な方法でしか自分も教えられないということなのでしょうからある意味で仕方がないのかもしれません。

そう考えるとビジネスの世界でも、20年くらい前までは普通であったマネジメントのスタイルしか出来ないというのは仕方がないとも言えるかもしれません。
しかしそれで認められるのであればよいですが、だんだんそのようなやり方では付加価値を付けられなくなってくるでしょう。
逆にそれによって部下をメンタル疾患に追い込んでしまうようでは組織としての生産性を落としているだけですから、これからの世の中では評価されなくなっていくのだろうと思います。

これまでこのブログで、これからの未来のビジネスは人の”心”を取り入れた、すなわち感情や感性に訴えることがキーになるだろうと書いてきましたが(“未来を考える(9)”)、商品やサービスとしてだけではなく、企業・組織におけるマネジメントとして人の”心”についてもっと取り組んでいくことが企業の価値を上げることに繋がり、競争優位をもたらすのだろと改めて感じました。

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